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(ディオ) vol.11  2012.4.15 exhibition  page1


100年の文化を見つめ直す 展覧会


  2012年は、大正元(1912)年の100年後にあたります。近代都市文化が隆盛し、多様化した大正期を見

直す展覧会が、弥生美術館・竹久夢二美術館で開催中です。 
(美術館へのアクセスは、page8 

 大正100年記念 

  大正から始まった 日本のKawaii展 ファンシーグッズを中心に(4/57/1

 弥生美術館では、カワイイもの100年をたどる企画展が行わ れ
ています。

 
  大正
3に夢二が始めた日本橋(現、中央区)の港屋絵草紙店は、 日

本の「かわいい」の最初の発信拠点でした。草花模様の封筒・便箋や千

代紙、半襟などの若い女性を対象にしたグッズは、夢二以降も抒情画家

や漫画家にデザインされるようになります。松本かつぢの「くるくるク

ルミちゃん」などのグッズ・キャラクターも昭和期にはあらわれ、今日

では、[
kawaii]は日本発祥の文化として世界の共通語となっていま

す。


  本展では、昭和期の「かわいい」資料として、
蔦屋喜一のぬり絵原画20点、水森亜土のハンカチ

18点などが初公開されます。

 夢二と大正時代U 「セノオ楽譜」デザインと京都時代の夢二を追って
                   
大正5〜8年を中心に  (4/57/1
 夢二と大正時代V
 夢二の恋と関東大震災をめぐって
                   
大正9〜12年を中心に  7/69/30
 夢二と大正時代W
 モダンの幕開けと夢二、次代の抒情画家を追って
                   
大正1315年を中心に (10/412/24 

 竹久夢二美術館では、本年、一年を四期にわけて、大正期の夢二の仕事を紹介する企画展を開催し

ています。装幀やデザインなどの仕事と共に、恋と旅が多かった夢二の人
生を、改めて見つめなおそ

うとするものです。

 会期中には、学芸員によるギャラリートークや、「夢二ゆかりの本郷を歩く」(5/17企画も行わ

れます。詳細は、竹久夢二美術館HP(
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/をご覧願います。

遊・学 あんない

Vol.11  2012.4.15 発行free paper Dio(ディオ)

編集発行 Dioの会   代表 福嶋朝治

山梨県北杜市小淵沢2957-1 
電話 0551-36-6052
eメール kizansou@mx3.nns.ne.jp

         free paper DioHP「三木露風文学館URL:http://www3.nns.ne.jp/pri/kizansou」からお届け
  します。
 Dioの会HPhttp:// dio.justhpbs.jp)もご覧下さい.


Free paper Dio (ディオ) vol.11  2012.4.15  essay  page2



                            昭和時代の少年漫画の復活


  時代が大きく変わる時がある。

 2011311日の東日本大震災と、福島の原発問題は、東北に住む人達が置かれている

生活基盤を変えてしまっただけでなく、私達を取り巻く生活環境の見直しや、19458

15日の終戦以来となる日本人の価値観や考え方を大きく変えようとしている。

  2011
7月には、テレビも地上波からデジタルへと変わり、平成の映画やドラマより、

昭和時代の映画やドラマ、アニメをBSやスカパー放送で懐かしむ人々が随分と増えたよ

うな気がする。

  今年に入り、昭和の時代に『少年画報』と『週刊少年キング』(共に発行元は少年画報社)

に連載された藤子不二雄Aの漫画「怪物くん」が実写で映画化され、同じく『週刊少年キ

ング』の看板作品として10年間連載された望月三起也の漫画「ワイルド7」も、実写で映

画化。
 
  西岸良平の漫画が原作となる映画「ALWAYS 三丁目の夕日】は、シリーズ三作目の舞

台を昭和39年の東京オリンピックとして公開され、616日には梶原一騎原作、ながや

す巧画で『週刊少年マガジン』(講談社)に連載された漫画「愛と誠」が、36年振りに再映

画化され公開される。

  平成の世となり24年、昭和時代の名作漫画が実写映画として軒並み復活するという現象

は、漫画やアニメに対する日本人の価値観や考え方が変化してきていることを実感させて

くれる出来事だ。

  今まで地上波のテレビで、中々再放送されなかったテレビドラマや映画の幻の名作は、

DVD化やオンデマンド放送として楽しむことが出来るようになり、昭和時代の名作漫画も、

商業出版としての復刻と、電子書籍化、オンデマンド出版として続々と復活を遂げ、読者

の選択肢を広げている。

  昭和レトロブームとも言うべき現象は、何も日本ばかりに起こっているわけではないよ

うで、今年のアメリカのアカデミー賞は無声映画時代を見直すように「アーティスト」と

「ヒューゴの不思議な発明」どちらが多くのオスカーを獲得出来るかが話題となっていた。

  百聞は一見にしかず。


 かつて、日本一の月刊少年雑誌だった『少年画報』の版元である少年画報社では、2001

年発売の「少年画報大全」発売開始以来、満を持しての発売となる「『少年画報』昭和35

年正月号」を完全復刻し、部数限定で201011月末に販売を開始したところ、NHK

日本テレビなどの情報番組でも紹介され、書店店頭での販売分は全て終了し、現在残部僅

少のため、少年画報社販売部直販のみの取扱いとなっている。

  漫画やアニメ、特撮に映画など、「昭和時代」を振り返ることが、平成
24年現在最新流

行を読みとくキーワードになるようだ。

(映画と漫画史研究家 本間正幸)



Free paper Dio (ディオ) vol.11  2012.4.15 book review  page3


  新刊紹介T  

『四国へんろ道ひとり旅』

                    菅 卓二著  論創社 

2011.11月刊(1600+税)

 風変わりな新刊紹介文かと思います。それは書評等書いたことの無い、

喜寿を迎えた平凡な元サラリーマンが書いているからです。
Dioの会の代表

福嶋さんから、新刊書の紹介あるいは書評を書いて欲しいとの依頼があり

ました。実は、福嶋さんとは
3年ほど前に囲碁の会でお会いし、その後テニ

スもご一緒するようになったという仲です。そこで昨年夏たまたまテニス

の仲間に『折々の便り』と『季節のごあいさつ
.という2冊の写真随筆集

をお見せしたのが、福嶋さんへも廻りました。福嶋さんのご案内で信州富

士見宿の道祖神巡りをした折に、奥様から「写真も良かったけれども、文

章がとても面白かった。」とおっしゃっていただきました。


  そんなことがあったので、昨年
11月に、この本『四国へんろ道ひとり旅』も、読んで面白かったの

で、テニス仲間に回し、福嶋さんがご高名な三木露風の研究者などとはトンと知らなかった私は、「

盲目 蛇に怖じず」で「福嶋さんにも回しておいて」と言い残して、避寒のため帰京していたのです。

ですから2月末、突然の福嶋さんからのメールでのご依頼に、目がパチクリです。しかし3冊の本、

特にこの本に魅力が無ければ、ご依頼は起きなかったのだと考えれば、本を贈ってくれた友人である

筆者達に報いる為に、浅学菲才、拙文であっても新刊紹介の文章を書かねばと決心した次第です。

題名から想像されるような抹香臭い宗教書ではありません。20092月〜4月と20105月〜6月の

二度にわたる通し打ちの歩き遍路の記録に、「どんな人物が旅しているのか、読者がその人物を重ね

て読むのだ。」という友人のアドヴァイスに従って、保守派代議士の子供として生まれた自分の生い

立ちから、学生運動のリーダーだった学生時代、立派な会社の経営者にまで到達したサラリーマン人

生での生き様を、重ねて書いた旅日記なのです。

  筆者の一見豪放磊落に見える、明るく暖かく懐の大きいお人柄と、非常に深い見識、薀蓄に裏打ち

されたきめ細かなことまで行き届く感性が、旅の中で起きる様々な出会いの表現に見事に書き出され

ています。実際に出会った人々(お遍路さん、ご接待をしてくれる人々)、へんろ道に点在する木札

や石碑に言葉を残した人々、敬虔な心に残る寺や商業主義の寺などの寺々、四十日を越える旅路で泊

まった種々のへんろ宿、そして歩きながら目にした風景の数々と、場面場面での筆者の姿が、ユーモ

アもある文章を通じて、読者であるわれわれの胸にしみじみと入ってきて、なんともいい気持ちにさ

せてくれます。皆様もこの本に出会って、先ずは頭の中での四国おへんろを楽しまれては如何でしょ

うか。
(前川成男)

『折々の便り』

(山本龍太郎 著  東方出版  200410月刊 2200+税)

『季節のごあいさつ』

(山本龍太郎 著  求龍堂  20105月刊 3200+税)




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(ディオ) vol.11  2012.4.15 essay  page4

     
                  
                    
駒込時代の三木露風と三島霜川

 

 円紫さんは、コーヒーを口に運びながら、私が鏡花が好きだといったのを思い出したのだろう。挨

拶のようにいった。

「関係ありませんが、泉鏡花に『外科室』という短編がありますね」

「三島霜川に『解剖室』という短編もありますわ」

 文学部の学生らしく切り返せた。ようやく一矢を報いた感じである。実はこの間、短編文学全集で

読んだばかりである。

 北村薫さんのミステリー<円紫さんと私>シリーズの第一作「織部の霊」(『空飛ぶ馬』〔創元推理

文庫」収録)の一節である。この女学生と落語家円紫さんのほんわかとした謎解きファンの方もおら

れることと思う。

 ここに登場する三島霜川こそ、近代文学史にはかすかに足跡を残しつつも、今では忘れ去られた作

家ながら、私がここ数年その作品を読み散らかし、その事績を追って東京にまで出張ったりしている

人物なのである。

 

三島霜川は、泉鏡花や徳田秋声らと同じ北陸人だが、我が富山県の出身。日清戦争のさなか作家を

志し上京した後、みずからが創作活動に呻吟するなか、三木露風を同居させ彼が東京での地歩を築く

のを傍らで見守った人物でもあり、その後二人の交友は霜川の昭和9年の死までつづく。

・・・と、さらっと書いたものの、霜川の事績は不明な点がまだまだ多い。一度消えた100年前

の事象はおいそれとその姿をあらわしてくれないのだ。ここでは、霜川と露風が共同生活を送った露

風の「駒込時代」の一コマを紹介しよう。二人が住んだ旧木戸別邸の位置がほぼ特定できたからであ

る。

 

岡山から露風の跡を追って上京してきた水守亀之助は、露風がなんと当時売り出し中の作家三島霜

川と同居していると聞き、地図を片手に上駒込の地にやってくる。

 

私は、明治39年の秋に上京したが最初に訪ねたのは、三島才二方にいた同郷で少年の頃からの友人

の三木露風であった。才二とは霜川の本名である。露風はまだ十八九歳であったが既に詩壇に認めら

れる存在となっていた。

  私は駒込の奥へテクテク歩いて行ってようやく探しあてたが、そこは木戸侯爵邸内であった。広大

な屋敷で木が山林のように立ち茂っていて、どこに
本邸があるのやら遂に見ずじまいであった、霜川

の住居というのはうす暗い木の下陰にポツンと立った小屋のような貧弱なものであった。年少気鋭の

露風は意気軒昂の概はあるが、借り着らしい素袷で、これが播州龍野の脇坂藩の名門の御曹司かと思

うと、そぞろに哀れを催した。

霜川は不在との話。訊いてみると昨今秋声の宅へ行っていて、そこで執筆しているという。霜川を 


Free paper Dio (ディオ) vol.11  2012.4.15 essay  page5


紹介してやるから森川町へ訪ねてみろといってくれた。

  あれだけの名声のある作家の生活がこんな有様かと思うと、文士たるにはよほどの覚悟が必要だ

わいと感じたことであった。
(「三島霜川を語る」)

  この木戸孝允が明治初年以来「別邸」とし、とりわけその晩

年をすごした屋敷は、水守がいうように”広大だったらしい。

山手線「駒込駅」の南、豊島区駒込1丁目と文京区本駒込5丁









目にまたがり、そこには今、巨大なマンションが目に映るだけ

でも5つ6つは建ちならび、北東隅から木戸邸にちなむ木戸坂

が旧藍染川の低地に落ち込み、高台の屋敷地を縦断する道の傍

らにはその地がもと旗本・本郷家五千石の下屋敷であったこと記す碑がある。「明治天皇行幸所木

戸旧邸」柱碑の立つのは、その屋敷地外周の西側の一画である。ここに総門があったのだろうか。

霜川と居候の露風がいた小屋のような貧弱なは、木戸邸内の片隅に下仕えの人々が寝泊まりし

ていた建物の一つだったようである。

 

三木露風研究家の森田実歳さんが掘り出された早稲田大高等予科入退学時の大学資料は、木戸邸を

出た後の露風の居所がわかる貴重なものだ。が、そこに記載されている住所は、なんと、東京都史跡

として今も残る徳田秋声宅(文京区本郷6丁目)となっている一方、保証人が霜川(三島才二)にな

っている。ほんとのところ、露風のすまいは、相変わらず――木戸邸からほど近い近駒込動坂町 〔

文京区本駒込4丁目〕の――霜川宅だったようだ。

 

明治四〇年五月七日早稲田大学高等予科文科入学

   現住所 本郷区森川町一番地南堺裏徳田方

   保証人 本郷区駒込動坂町一〇五番地三島才二

明治四〇年九月二八日同科退学

 

ところで時代はずっと後のことになるが、徳田秋聲の老いらくの恋の相手として登場し世間をさわ

がせた山田順子。作家志望の彼女に秋聲宛ての紹介状を書いたのも露風ではなかったか。こんなとこ

ろにまで霜川と露風の交友は及んでいるようなのである。(写真は旧木戸邸界隈)

(三島霜川追いかけ人:かぐらがわ・たかし/ 富山県在住)

 

 



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    新刊紹介U

『詩の樹の下で』

長田弘著  みすず書房

2011年12月刊(1800円+税)

 2006年7月から2011年11月にわたって数種類の誌紙に掲載された39篇のエッセイを収めた。2,3篇を

除いて600字にも満たない短さで、見開き2ページに贅沢に配置されていて、珠玉の散文詩に接するよ

うな趣がある。

 作品のモチーフは、結論として言えば「心影としてのこる一本一本の樹影

の記憶をたぐりよせて書く」(あとがき)ことであった。その記憶の対象は

ほぼ筆者自身の実生活に基づく樹木と絵画に描かれた樹木に大別される。そ

れはタイトルに反映されていて前者は「洞のある木」とか「石垣の木」など

のように「木」と記され、後者は「セザンヌの樹」「クリムトの樹」などの

ように「樹」が使われている。しかし、どちらも筆者の記憶に残る心象であ

ることには変わりはない。

 大木、巨樹は客観的に見ても、人間の歴史の中で特別な存在として崇めら

れてきたが、日本人にとっては、魂のよりどころともいうべき親密で神秘的

な存在と思われてきたし、現在でも深い信仰の対象であり続けていることは、周知のことである。

 筆者は、そうした文化的背景を念頭に置きながらも、あくまで個人的な世界観を育んだ土壌として

の巨樹に焦点を当てる。そして自分の幼少期の「失われた時のあざやかな感触」を求めて、森の奥、

山路、奥つ城、水辺、古城、さらには絵画の世界を逍遥する。

 筆者がその旅で確認することといえば、広大に枝を伸ばした巨樹に抱かれる時の心の安らかさと懐

かしさであり、樹下に立つ人間の存在の小ささである。「人は一本の木におよばない時間しか生きな

い。」そのわずかな生の中で、われわれの欲求は限りない。老いた巨樹はそうした人間に向って「幸

福?人間だけだ。幸福というものを必要とするのは。」と静かに教え諭すようである。

 作品発表の最後の時期は、3・11の大惨事に重なる。その影響によって、幼少期の経験の再確認と

いう当初のモチーフは、チェルノブイリに近い被爆地であるプリピャチの廃市の木に詠われているよ

うに、大きな修正が施される。原発の事故のために危機に瀕している森林の無惨な姿は、福島で幼少

期を過した筆者にとって、「記憶の森」の喪失そのものであるし、人間が自らの幸福を追求するため

に営々として築き上げてきた文明というものの暴虐とも映る。その意味でこの本は、はからずも鎮魂

と警鐘の書ともなっている。

(福嶋朝治)

 


Free paper Dio(ディオ) vol.11 2012.4.15 essay page7 



            ブラックに漫画の時代を告げる太宰治「人間失格」
 

 作家の在り方が説かれていることにおいて、太宰治の「人間失格」(昭和23年)を、森鴎外「青年」(明治43

44
年)と読み比べる図式はあり得ます。

 「青年」にもあるように、明治の終りころには自然主義が興り、文学の時代が本格的に開幕します。「青年」

は、小泉純一という若者の日記を作中に交えた形の成長小説として読むことができます。純一は、小説家を

志して上京し、都会の文化に触れながら生活を始めたところです。そして、新しい文学を摂取しながら、「現代

語で、現代人の微細な観察を書いて、そして古い伝説の味を傷けないようにして見せようと」工夫するようにな

るのです。

 鴎外自身、「古い伝説」を素材にして「山椒大夫」などを書き、それ以降の作家にとってもこの手法がひとつ

の指針となったことは文学史上の特筆されることです。「走れメロス」をあげるまでもなく、太宰も、説話や民話

を様々に作品化した作家です。彼は、鴎外を近代の古典として念頭におきながら創作することも、しばしば行

っています。

 「青年」から約40年後の「人間失格」の大庭葉蔵は、小説家ではありません。美術学校へ行きたかったので

すが、父親の言うままに、東京の高等学校へ進学して、画塾で絵を学び、やがて漫画家となります。作中の葉

蔵の「手記」は、少年時代からの「道化のサーヴィス」を語り、波乱の生活と喀血するまでの人生を、スピード

感を持って回想します。

 同棲したシヅ子の子供シゲ子に漫画をかいてやったことから、「シヅ子の奔走」で葉蔵の漫画は「案外お金

になって」煙草銭になったとあります。葉蔵は、「自分は、わずかに、粗悪な雑誌の、無名の下手な漫画家にな

る事が出来ただけでした。」と悲嘆し、「毎月の連載漫画」として「キンタさんとオタさんの冒険」を書き、「ノンキ

和尚」「セッカチピンチャン」なども書いたとあります。

 太宰自身、『お伽草紙』の前書きでは、戦中の防空壕の中で子供に絵本を読んでやりながら、別の物語を紡

ぎだしたことを述べています。太宰の作風としては、「諧謔」「自己戯画化」ということがしばしば言われ、落語に

関心を持っていたことが注目されています。「人間失格」は、絵画にも造詣のあった太宰が、いわば漫画的手

法で創作する自分自身を偽悪的な漫画にした小説ということになりそうです。

 「人間失格」が書かれた昭和23年といえば、戦後のストーリィ漫画やギャク漫画が隆盛する前段階で、冒険

漫画などが盛んになっていました。ようやく手塚治虫の活躍が始まったころです。太宰は、その同時代的な文

化をとらえて小説の背景としているのです。

 実際には、太宰の漫画のひとつともいうべき「カチカチ山」は、彼の最高傑作と言われます。その時代の成長

期にある人々を対象としたリライト、パロディには、なるほど、鴎外が着目したように、創作の可能性が大きか

ったということです。昭和後期に若者を中心にもっとも読まれる小説家となる太宰が、日本固有の文化として

昭和期を席巻する「漫画」の作者をブラックに描いたことは、彼の「道化」や「諧謔」の文学を解くひとつの鍵に

なります。そして、太宰の「人間失格」が後の文化に及ぼした多大なものについては、まだまだ論じられるのを

待っている課題があるように想います。(ひ)


free paper Dio(
ディオ)
 vol.11  2012.4.15  information  page8

 企画名など

期間(休館日は原則月曜)

料金     

開催館

大正から始まった日本の      Kawaii(カワイイ)展
  〜ファンシーグッズを中心 に〜


4/5(木)〜7/1(日)

一般 ¥900
大・高 ¥800
中・小 ¥400

弥生美術館
文京区弥生
2-4-3
TEL 03-3812-0012 ,
地下鉄千代田線根津駅
南北線東大前下車ともに徒歩7分


   夢二と大正時代U
  「
セノオ楽譜」デザインと京   都時代の夢二を追って
     ―大正5〜8年を中心に―

同上

弥生美術館と共通

竹久夢二美術館
文京区弥生2-4-2
TEL 03-5689--0462 

陶酔のパリ・モンマルトル 1880−1910
 
   「シャ・ノワール≪黒猫≫」を  めぐるキャバレー文化と芸術家  たち

4/6(金)〜5/20(日)

一般 \500
学生(小学生以上)・
65歳以上 ¥250 

八王子市夢美術館
八王子市八日町8-1
ビュータワー八王子2F
TEL 042-621-6777

 茂吉再生

―生誕130年 斉藤茂吉展―

4/28(土)〜6/10(日)

一般 ¥600 
65歳以上・20歳未満・及び学生  ¥300

神奈川近代文学館
横浜市中区山手町110
TEL 045-622-6666

  「地上最大の手塚治虫」展

4/28(土)〜7/1(日)

一般 ¥700
大・高 ¥500
65歳以上・身障者¥350 

世田谷文学館
世田谷区南烏山1-10-10
TEL 03-5374-9111

 春の特別展

生きぬく力 実篤の言葉」

4/29(金)〜6/5(日)

大人 ¥200小・中 ¥100

調布市武者小路実篤記念館
調布市若葉町1-8-30
TEL 03-3326-0648

 企画展  

「石川啄木 愛と悲しみの歌」 

4/28(土)〜6/24(日)

一般 ¥600
大・高 ¥400

中・小 ¥250

山梨県立文学館
甲府市貢川1-5-35
TEL 055-235-8080

 第76回企画展

「無頼の先へ―坂口安吾  魂の軌跡―」

4/21(土)〜6/17(日)

一般 ¥400
大・高 ¥200
中学生以下無料

土屋文明記念文学館
高崎市保渡田2000
TEL 027-373-7721

 収蔵品展 鎌倉文人録E
  壮大・痛快・涙あり    ―歴史・時代小説―

4/22(日)まで

大人 ¥300
小・中 ¥100

鎌倉文学館
鎌倉市長谷1-5-3
TEL 0467-23-3911

 企画展
  心に太陽を持て
    ―今、胸に響く有三の    言

9/12(水)

一般 ¥300
中学生以下 無料

三鷹市山本有三記念館
三鷹市下連雀2-12-27
TEL 0422-42-6233

 根津八紘 書画展

4/15(日)〜6/17(日)

一般 ¥300小・中 ¥150

高原のミュージアム
長野県富士見町富士見3597-1
TEL 0266-62-7930