free paper Dio(ディオ) vol.10 2011.9.20 book review page1

 

本の紹介 T

 『「宵待草」ノートー竹久夢二と大正リベラルズー』

 

  品川洋子 著

Dioの会 編集・発行

はる書房 発売元 tel 03-3293-8549

定価 1,000+

 

画人夢二の代表作が「宵待草」の歌であることの不思議を、同時代作家への傾倒という視点から解明しようとした作品である。そのためにまず、夢二の「草」についてのこだわりや趣向を考察する。それを踏まえて「宵待草」の歌詞の中にある「まてどくらせどこぬひとを」と啄木の歌とのかかわりを見、「宵待草」という用語の背景として明治から大正にかけての文人たちの影響や感化を読み取る。そうすることで、筆者は、「宵待草」という歌が、単なる個人的な感傷の表出だけではなく、明治末から大正にわたるリベラリズムの潮流を意識した夢二の時代精神が込められていることを解き明かそうとしている。

『雲』

―東京で見た空のドラマー  

瀬戸豊彦 
ネット武蔵野
 刊
Tel 042-382-5770
定価 2000円(税込)

元カメラマンが15年にわたって撮りためた東京の空の写真集。掲載写真は65点。撮影日の天気図・くもの種類一覧、撮影のコツなど作者へのQ&Aのページも設け、あらゆる角度から楽しめるつくりになっている。

 

遊・学 あんない   vol.10  2011.9.20

free paper Dio(ディオ) 

編集発行 Dioの会   代表 福嶋朝治

山梨県北杜市小淵沢2957-1 電話 0551-36-6052eメール kizansou@mx3.nns.ne.jp

free paper Dioは、HP三木露風文学館(http://www3.nns.ne.jp/pri/kizansou/)からお届けします。>
Dioの会HPhttp://www.justmystage.com/home/dio)には、最新の情報を載せています。


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本の紹介U

 

『作家のへその尾』 池内 紀著(新潮社刊)

 鍋山 大輔

 

 本書は、「作家」として生まれるに至った様々な背景(個人的あるいは社会的)を探ることで、作家に骨や肉を与えた「へその緒」の実態を把握しようとする試みである。2008年から2009年にかけて『新潮』に掲載された短編を収録したものである。『新潮』掲載当時は「世の見方の始まり」という大きなタイトルがつけられており、各短編のタイトルも本書とは異なっている。

 本書では、12人の「へその緒」が描かれている。それぞれの著作に『くり返しあらわれるもの、ある感覚的願望にあたるもの』を手がかりとすることで、作者と作品の関係を探る上での一つの視点を提示している。

まとめて紹介すると、「夜店」(織田作之助)「ヒコーキ」(稲垣足穂)「乳首」(谷崎潤一郎)「髪」(与謝野晶子)「お経」(宮沢賢治)「水」(佐藤春夫)「遊民」(石川 淳)「軍人精神」(三好達治)「首」(高村光太郎)「村」(中野重治)「路地」(山本周五郎)「飢え」(開高健)である。また、これらのキーワードは、「世の見方の始まり」という著者の言葉が表すように、作家が自分にとっての現実社会を捉えた視点を示すものでもある。

たとえば、幼少の頃、谷崎が日本橋蠣殻町の自宅で、「いぢくっていた」母の乳首は、単なる母への憧憬ではなく、少年期の恋愛の萌芽に似た永久に若く美しい「未知の女性」に対する憧憬となった。髪は、鉄幹との恋愛や結婚生活を生きた晶子の感情を自由画風に表現する要素となった。お経独特のリズムとメロディ、繰り返しと合唱による詩的効果の高まりは、最も早く徹底して学び取った詩的世界であり、賢治文体の骨格を形成している。生まれ育った熊野川に始まる佐藤の水のほとりへの愛着は、作品の中で理想の水辺都市を夢想した。

 作家は、現実社会との関わりを通して、内面の疼きを表現しようとする。本書に挙げられた作家達は、各々の視点で世の中を見始めた時の原風景を、強い意志でもって作品全体を通して保持している。自身を取り巻く人間、風土、社会の中で限定的に生きながら、常に「世の見方の始まり」へと立ち返りつつ詩や散文、小説を描き続けたのである。

 本書は、作品の背景にある作家の個性や魅力を描き出そうとしている。作品への評価は、常に作家の肉体を通して行われている。半生にわたり読み進めてきたとの著者の言葉通り、作家への愛情が感じられる。作家の人間臭さを感じながら読書を楽しめる一冊である。

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原子力発電の電力コストを巡って

岩崎 輝行

 

 福島原発事故を経て将来のエネルギー政策をめぐる議論が活発になっている。自然エネルギー活用による脱原発派から原発推進派まで様々な立場からの議論がなされているが、エネルギー選択の重要な論点が電力コスト比較である。

脱原発派と電力会社を含む原発推進派との間には電力コストに関して議論のすれ違いが目立つ。それはコストの考え方の違いに起因している。

そもそも行政により公表されている電力コスト自体その推計方法と前提条件が同時に公表されていないので評価のしようがない。費用項目の範囲と価格により結果が異なってくる。また、電力施設は長期投資であり、現在価格に加え将来における技術変化とそれが価格に及ぼす影響の予測が重要である。また、計算の対象となる費目の範囲によりコスト推計値は大きく変わる。


 脱原発派から原発推進派間の最も大きな差異は費用項目の範囲である。公表電力コスト推計に採用された項目は、おそらく電力生産に関連する項目のみと思われる。しかし、電力消費者の観点からは、原発電力使用により支払う電気料金の他に目に見えないコスト(価格付けが困難な費用)を伴うという実感である。その背景には、今回の原発事故によってもたらされた生命と生活に及ぼす影響に対する不安がある。今回の事故によって、原発電力購入には家族離散、地域社会の崩壊、さらに生命への危険(放射能による疾病の治療を含む)というコストがあることが表面化した。


たとえ次回の原発事故が近い将来ではなく何世代も先になるかもしれないが起こりうるという実感である(言い換えれば低い確率で起こる)。100年先か200年先か分らないが、子孫にその災害が降りかかることはほぼ確実という実感がある。現世代はそのような先の世代の災害は関係ないとするならば、遠い世代の災害コストの現在価値はゼロとなる。しかし、おそらく大多数の人々は遠い世代の生命財産は関係ないと思うことはないであろう。ということは、いかに原発事故の確率が低くともその災害コストの現在価値は大きいということを意味している。注意しなければならないことは、

 

free paper Dio(ディオ)vol.10  2011.9.20  essay  page4

 

 

家族離散、地域社会の崩壊、さらに生命への危険のコストのほとんどは価格で表現できない費用項目ということある。

 一方、原発推進派は原発事故発生以前のコスト推計値に固執している。彼等が生命と生活を軽視しているということではないが、意識してか無意識にか、将来の原発事故の影響によるコストをゼロと見做していることを示している。それは将来の生命と生活への事故の影響の現在価値をゼロと見做していることに等しい。それはまた、原発事故の確率が極めて低く、依然として「想定外」という意識を表しているといえる。東電社長は被災者の前で頭を下げたが、実際には原発事故は「想定外」という意識に変わりがない。

 脱原発派から原発推進派の電力コストに関する議論のすれ違いで明らかになったことは、脱原発派のコストは社会的コストであり、原発推進派のコストは一企業の観点に立つコストであるということである。本来の経済コストは社会的コストで考えるべきであり、電力コストも例外ではない。

(日本大学大学院総合社会情報研究科 講師)

 

 

Dioの会のHPに、別バージョンサイト増設しました。

”Webは誰のものなのか!? それでも発信したい”

   Dioの会のWeb発信は3年目に入ったところで、まだまだビギナーとしてWebについて勉強する課題があります。閲覧していただくWebを制作するだけではなく、自ら発信するWebを共に学ぶことも、生涯学習のひとつではないかと考えてサイトを増設しました。

   わかりやすいテキストの紹介や、写真をきれいに載せるための処理、Web絵本の作例などを掲載しています。これから、ページも増やしていきますので、一緒に学んでいきましょう。

  Dioの会(http://www.justmystage.com/home/dio/)のホームから、別バージョンサイト”Webは誰のものなのか!?“にご案内しています。

 

 

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季語の周辺   露風と夢二

西林 始

  夕焼小焼のあかとんぼ

  負はれて見たのはいつの日か


  山のはたけの桑の実を

  小籠につんだはまぼろしか


  十五でねえやは嫁にゆき

  お里のたよりもたえはてた


  夕やけ小やけの赤とんぼ

  とまつてゐるよ竿の先    『小鳥の友』(大正1511月刊行)

 三本露風の「赤とんぼ」のうたである。露風は兵庫県の龍野で明治22年に生れ、16歳のとき故郷を出て東京の下宿を転々としながら勉強した。一時、函館のトラピスト修道院に講師として勤めたことがあった。三鷹市に居を定めたのが40歳。以後、三鷹での生活が40年にも及んで昭和39年、満75歳のとき交通事故で亡くなった。この「赤とんぼ」を始め「野薔薇」「ふるさとの」は露風の作品の中で最も美しい詩篇である。俳句でもそうであるが、1番、2番のことばを書き換えたり、入れ換えたりして推敲を重ねている。そして『小鳥の友』に収録した際、少年の読者を想定して題名を「赤蜻蛉」から「赤とんぼ」と手直ししている。また「姐やは」は「ねえやは」に、「摘んだは」「つんだは」に、「絶えはてた」は「たえはてた」に書き換えている。尚、詩碑は半世紀を過した三鷹市とふるさとの龍野市公園入り口にある。
 歳時記によると日本の秋の風物詩、赤とんぼは秋茜のことと書かれていたが、去年は817日吾が家の空き地に赤とんぼがとんで来て、すいすい気持ちよさそうに舞っていた。 私は直截に「初秋」とか「今朝の秋」と言った方が爽涼で澄明な自然の気配を感じる。が、「立秋」となる88日は暦の上でのこと、まだまだ暑さが厳しく実感が湧いて来ない。鬼貫ではないが「そよりともせいで秋立つ事かいの」と、つい皮肉なことばの一つも出てきそうだ。



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 それでも「秋」と言うと真っ先に思い浮かぶのは市井の哀歓を詠うことに優れておられた安住先生の俳句である。

 

  秋草のどれも頸長夢二の忌      安住  敦

 

まさにその通り、夢二の絵の特徴を言い得ておられる。「紅屋の娘」「舞姫」「星まつり」「立田姫」など、どの絵も嫋嫋としたように見えるけれど、いつまでも人々の心を波立たせ惹きつけてやまない。俳人協会から出ている「安住敦集」の自註には「昭和991日竹久夢二は、その恋愛遍歴と人生漂泊を続けたあと、長野県富士見高原療養所で亡くなる。享年50歳」と。夢二研究にかけては60有余年の実績がある長田幹雄の年譜によれば「91目午前540分、病院の人々の徹宵看護に『ありがとう』と感謝の言葉を残して生涯を閉じる」と害かれている。そして奇しくも秋半ばの916日(明治17年)生れであった。夢二は抒情画ばかりでなく短歌、俳句なども数多く作っている。

 

秋立つやリキウグラスの微光り

さびしさは影にものいふ秋のくれ

ひとり住むこのかくれ家に二度の秋

秋の灯におもそむけたる身のほとり

    ―☆☆☆―

九十九里月見草さく浜づたひ

 ものおもふ子はおくれがちにて

はかなさに草にまろべばほろほろと

 瞼毛のひまにおつる白露

 

尚、宵待草の詩碑は11基、赤とんぼは9基、全国にあるが岡山市後楽園入り□近くの旭川河畔にも宵待草の詩碑がある。

 参考文献『夢二句集』(筑摩書房刊) 『三木露風の歩み』 (三鷹市文化振興財団刊)

                      (俳誌『春野』同人)

米 『春野』2011年8月号掲載の文を一部割愛し、転載させていただきました。

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Dioの会の名称とその由来

フリーペーパーDioは、200633日付で創刊しました。前年の暮れあたりから準備しましたが、Dioの会の発足日は特になく、フリーペーパーの発刊日をスタートとして考えています。ちょうど、三鷹で三木露風の新資料の調査が進んでいたころで、会を代表する福嶋朝治先生とあと何名かの者が、広報誌としてのフリーペーパーの必要性を感じての発刊でした。以来、半年か少なくとも年に1度は出しています。

 20078月には、HP三木露風文学館を福嶋先生が開設し、20093月には、Dioの会のHPを設けました。当初は、三鷹の企画展の紹介が中心でしたが、会の編集・刊行で、『三鷹という街を書く太宰治 −陋屋の机に頬杖ついて−』(はる書房 発売定価 1000+)『「宵待草」ノート −竹久夢二と大正リベラルズ−』の2冊を上梓した現在は、独自な活動を模索しているところです。   

             *          

 Dioの会という名前の意味について聞かれますと、芸術の神様のことだと答えています。ですが、実のところは、ディオは、福嶋先生の愛犬の名前から来ています。

 現在はもう閲覧できなくなった、当時の先生のごく私的なHPには、寝てばかりいる犬に、犬儒派という意味でディオとつけたとありました。先生は、山梨県の小淵沢で、大型犬のディオとの散歩を日課になさっています。犬猫の名前とは、クロとかしシロとかブチというものだとばかり思っていた者には、赤門ご出身のギリシャ哲学のご造詣に触れた思いでした。また、犬が賢いとか忠孝だとかいうのではなく、いつも寝ているという観察には、近代文学を感じました。石川啄木も次にように詠んでいることが、私の脳裡に浮かびました。

  路傍(みちばた)に犬ながながと欠伸(あくび)しぬ

  われも眞似しぬ

  うらやましさに         (『一握の砂』)

 そして私は、フリーペーパーを出す会は、Dioの会にしようと短絡に決めたのです。犬儒派とか、酒や芸術の神様という意味を、特に会のポリシーにしようというわけでもありません。こうして、「Dioの会って、何のこと?」といつも聞かれるような会の名前ができたのです。(Dioの会実行委員

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 企画名など

期間(休館日は原則月曜)

料金     

開催館

中原淳一の少女雑誌

『ひまわり展』
〜焼け跡に咲いた復興の花〜


9/30
(金)〜12/25(日)

一般¥900
大高¥800
中小¥400

弥生美術館
文京区弥生2-4-3
TEL 03-3812-0012 ,


   竹久夢二 
  絵手紙とメッセージ展

同上

弥生美術館と共通

竹久夢二美術館
文京区弥生2-4-2
TEL
 03-5689--0462 

土門拳の 

 古寺巡礼

9/16(金)〜11/23(水)

一般 \ 500
学生(小学生以上)・
65歳以上 ¥ 250 

八王子市夢美術館
八王子市八日町8-1
ビュータワー八王子2F
TEL
 042-621-6777

 

特別展

 「没後60年記念展 

    いま輝く林芙美子」

10/1(土)〜11/13(日)

一般 ¥600 
65歳以上・20歳未満・および学生   300

神奈川近代文学館
横浜市中区山手町110
TEL
 045-622-6666

 

「生誕125年

 萩原朔太郎展」

10/8(土)〜12/4(木)

一般 ¥700
大・高 ¥500
65歳以上・身障者¥350 

世田谷文学館
世田谷区南烏山1-10-10
TEL
 03-5374-9111

秋季展

  野菜を描くー実篤の画

10/16(日)まで

大人 ¥200

小中 ¥100

調布市武者小路実篤記念館
調布市若葉町1-8-30
TEL
 03-3326-0648

秋の企画展  深沢七郎の文学

「楢山節考」ギターの調べとともに

9/10(土)〜

11/16(日)

大人 ¥600

大高 ¥400

中小 ¥250

山梨県立文学館
甲府市貢川1-5-35
TEL
 055-235-8080

 

74回企画展

「夭折の詩人たち 長澤延子・中沢清展−17歳と19歳で逝った若者からのメッセージ」

10/8(土)〜

12/4(日)

一般 ¥400
大・高 ¥200
中学生以下無料

土屋文明記念文学館
高崎市保渡田2000
TEL
 027-373-7721

特別展 

芥川龍之介と久米正雄

  我ら作家を目指したり  

10/8(日)〜12/18()

大人 ¥400
小・中 ¥200

鎌倉文学館
鎌倉市長谷1-5-3
TEL
 0467-23-3911

企画展
  三人の「女の一生」
 −ジャンヌと充子とけい-

 

10/1(土)〜12/2/29(水)

一般 ¥300
中学生以下 無料

三鷹市山本有三記念館
三鷹市下連雀2-12-27
TEL 0422-42-6233